押して読むやつ

気が向いたら書いたり書かなかったりするやつ

ギリ健

まさかの2日連続投稿です、私です。

 今日さらっと親に「鬱で働けない状態が3年も続いてるし、いっそ障害者手帳を申請したい」と進言したところ「働いてみないとわからない。とりあえず何か出来ることをやってみよう」という非常に抽象的でぼんやりとした反論を受けました。詰まる所、倅が障害者であって欲しくないという事かもしれません。いっそ正直に意思表示してくれたほうが私個人としては助かるところなんですけどね、自分の思考すら満足に行えないのに相手の意図を正確に汲むなんて芸当は無理ですから。まぁ鬱まで追い込んだのは当の両親なのですけどね。

 

その『とりあえず何か』でジム通いを始めたのですが、先日の記事に書いたとおり今月はボロボロで次月の更新もしないことにしました。その間約4ヶ月です。これが長いか短いかは人それぞれですが、鬱ってからの私個人としてはよく続いたほうじゃあないかと思います。それでも親は「サボってる。また行ってないのか。行かなきゃ駄目だろ」と叱咤しかしません。こういう時こそ大げさにでも褒めてれば多少なりとも次の行動の原動力になるんじゃないかと思うんですけども。「やらないといけない」と義務感を煽ってケツを叩いてばかりでもその人を追い込むだけで解決にはなりませんからね、真面目な人が鬱になる原因の多くはそういう義務感・責任感に押し潰される形ですし。

 

で、話は戻るのですが障害者手帳のメリットとして、もし就労する場合に厚生労働省の施策である障害者雇用促進法によって障害者求人に応募することが可能になります。言ってしまえば雇用の段階から「そういう人」として見られるということなのでオープンにせず一般枠で求職する人もいるそうですが...。

 

しかし私のように飢えて死にはしないが個人としての自律は不可能に近い、というような状態であっても障害者手帳を持っていなければ健常者として扱われるので応募先に複数人応募していたとしたら、そら毎日元気に始業から終業まで活動できる人を採りますよねって話ですよ。それなら手帳を取得して競争相手のハードルを下げようって手も無しではないと思います、働く元気があるならの話ですけども。

 

最悪の場合は障害年金という手もあるので、今の寝込んでいるだけの状況よりはそういう社会福祉的な方面に頼ることも考えないといけないのかなとしばしば考えたりしますね。

 

親の「こうあって欲しい」という歪み無い理想と私自身の現実とのギャップでしんどい目にあっていますがまだ死にはしません。と思います。